だって、だってなんだもん。

愛がなくても始まるのに、愛がないと続かない

アラフェスの終わりに想うこと

11月3日が終わってしまった。

 

長かったけど、あっけない1日だった気がする。ファンからの投票でセトリが決まるアラフェス。最後は「ファンが見たいもの」ではなく「嵐が見せたいもの」を見たかったんだと思う、私は。

 

嵐は、配信を見ている人に対しても、バックで踊るジャニーズJr.に対しても、しきりに『これからもよろしく!』って言ってた。その よろしく って、何になんだろう。何がなんだろう。

屁理屈であまのじゃくな私は、その言葉を無駄に深読みして考えずにはいられなかった。

 

 

 

正直、アラフェスを見たら、もっと泣くかと思った。エモくてしんどくて号泣して目腫らすかと思った。そんなことなかった。あっという間の数時間だった。お昼から相葉すごろくとかカレー作りとかライナーノーツラジオとかやってたけど、それを含めても、あっという間だった。あっけない11月3日だったんだ。私は、泣かなかったのか、泣けなかったのか。

 

ファンクラブだけじゃなくて、配信という形で一般の人も見られるアラフェスだったことを踏んでのPART2(アラフェス2部)。そうきたか、その曲か。風船はここだな、特効はここだな、やっぱりね。フィナーレで花火ね。って、なんか冷静に見てる自分がいたんだ。あぁ、終わっていくんだな。あぁ、もうしばらくは見れないんだな。画面で見る国立、広いけど、狭い。嵐が見せたかった嵐はどういう感じだった?ファンが見たかった嵐はなんだった?どこ?どれ?らぶしちゅも、大宮も、Still...も、大好きだったのに、大好きなのに。たくさん考えてくれて組んだセトリのはずなのに、ファンの投票でやる曲が決まるというのに、2年という猶予を持って誠意を伝えてくれてたはずなのに、私は自分が思ってたほど大事にできてなかったことに気が付いてしまって。嵐のことを。この期間のことを。アラフェスのことを。嵐が好きな自分のことを。

 

間違いなく大好きな嵐なのに。

 

思えば、いつだって私の好きなものはあっけなく終わりを告げるんだよな。

 

 

大事にしたい。「最後」が分かってるんだから。

大事にしたい。「最後」を知らせておいてくれたんだから。