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だって、だってなんだもん。

愛がなくても始まるのに、愛がないと続かない

「まっすー担をやめた」というブログを読んだ

明けましておめでとうございます。
年末駆け抜けた。クリスマスあたりから駆け抜けた。
人生でいちばん早い年末年始だった。

世間がいわゆる『お正月』なとき、わたしは自分の誕生日を迎えました。レベルアーップ!しました。だいたいね、忘れられるからね、自分で自分にちゃんとおめでとうしないと惨めになるの。だから自分の誕生日が一年の中でクリスマスとバレンタインに並んで嫌なの。
でもここ数年はテレビでは嵐dayだし、覚えていてくれる数少ない友達に祝ってもらったりしてます。メッセージくれた人たちありがとう!

自分への誕生日プレゼントは帝国劇場の超特等席のチケットでした。グッショブわたしの健人名義!!ほんっともう経験できないんじゃないかぐらいの席で嬉しかった!誕生日に健人も勝利も平野も見れて幸せ。ピアノ弾いてる健人を双眼鏡で眺めてたら、一瞬バチッと目が合ったんだよ。超ドキッとした。ずるいこの人……。
渋谷の利久で牛タンも食べたしお腹も満足♡




さて。
表題の件について。
年明けてから、Twitterで見かけた『まっすー担をやめました』というブログ。気になって読んでみたんだ。その人は結局最後に『アイドルのまっすー担をやめて増田貴久担になる』って綴ってブログを終わっていた。



そこでふと思った。

まっすー と 増田貴久 のちがい。
何が違うんだろう。何か違うのかな。



私があの時見て嫌だと思った彼は、『まっすー』の増田貴久だったのか、『増田貴久』のまっすーだったのか。




6月以降、ずーーーーーーーっとモヤモヤしてる。時間が経てば私のこじらせも直るだろ、忘れるだろ、って思ってたけど、全然そんなことなかった。引きずってばっかり。



自分がずっと信じてきたものが嘘だと思ってしまったんだもん。

私にとってまっすーは増田貴久だし、増田貴久はまっすーだった。昔から。


だからこそ、あの日のあの彼の態度は紛れもなく『まっすー』であり『増田貴久』という人間の態度でしかなかった。どちらも疑いようがなかった。そして、どちらかを信じてどちらかを嫌いになるということができなかった。どちらをも信じられなかったしどちらをも嫌いと思ってしまった。


…『どちらをも信じられなくなったんだ』。そうだ。そういうことだ。自分の口からふいについた言葉に自分で驚いた。そして納得した。




疑心暗鬼になって、四面楚歌に陥る。自己嫌悪にはならない。私は私が見たものしか聞いたことしか完全には信じないから。














誕生日を迎えて、私もついに『人生の半分ジャニオタZone』に突入した。ついにか。ついにだ。




信じられるモノなんて、そのときのその一瞬でしかない。良くも悪くもだ。